空の飛び方

第9章:ペルソナの透視

太一の仕事への没頭は、ただの逃避ではなかった。真理との出来事は、一種の啓示を彼に与えていた。人間の行動、その背後にある心理、それらは彼の目にはもはや不透明なベールに包まれていない。彼は仕事を通じて、人のペルソナからその本質を見抜く洞察力を磨いていた。

プロジェクトの会議で、彼は同僚の微妙な表情の変化から、その提案に対する本当の意見を読み取る。上司の姿勢から、会社の方針に隠された懸念を感じ取る。それはまるで、人の表面に浮かぶ波紋を読むようなものだった。

彼のこの新たな才能は、周囲からも認められ始めていた。プロジェクトリーダーからは、彼の意見が重宝され、時にはクライアントの微妙なニュアンスを読み解く役割を任されることもあった。太一は、人というパズルを解く鍵を握っているような感覚にとらわれていた。

しかし、真理との経験が彼に教えていたのは、その洞察力が時には重荷になることもあるということだった。彼女との甘い記憶が時折彼の意識をよぎるたび、太一は自分の感情を分析し、自己理解を深めることを余儀なくされた。真理の笑顔の裏にあった不安、彼女の言葉の端々に隠された真実、それらを彼は今なお考える。

太一の心に、真理への感情は確かに冷めていた。だが、その経験が彼の中で燃え続ける火種となり、彼を更なる成長へと駆り立てていた。感情を切り離し、純粋な観察者としての自己を磨くこと。これが太一の新たな目標であり、仕事へのアプローチ方法だった。

このスキルは、まるでカードゲームで相手の手札を読むようなもの。太一は会議で鋭い質問を投げかけ、プロジェクトのリスクを洗い出し、戦略を立てる。そのたびに、真理との出来事が彼の脳裏をよぎり、それを糧に変えていた。過去の記憶が、現在の武器となる。

クライアントの微細な表情の変化を見逃さず、ニーズを言葉にする前に察知し、それを提案に反映させる。太一は自分が他人の心を読むことで、相手にプラスの影響を与えられると信じて疑わなかった。そしてその日、彼は大きなプレゼンテーションに臨んでいた。

プレゼンテーションの中で、太一は自信に満ちた声で話し始める。彼はスライドを切り替えながら、聴衆の関心が高まるのを感じ取る。それは彼にとって、真理との関係が失われたことの対価として得た、新たな能力の証明だった。

太一が築き上げたペルソナの透視能力は、彼に仕事での成功を約束するものだった。人との関係が彼に教えたことは、感情の海に沈んでしまうことなく、逆にその波を乗りこなす術を彼に授けたのだ。

仕事の終わりに、太一は深くため息をつく。彼の手元には、成功を収めたプレゼンテーションの資料があった。外はもう暗くなり始めていて、会社の建物のガラス窓には彼の姿が映し出されている。彼はそこに自分の影を見つけ、真理との過去を背負いながら、未来への一歩を踏み出す決意を固めるのだった。